立秋、暑くて当たり前。
(2004年8月7日立秋執筆、2006年9月23日秋分移転・加筆、翌日微修正)


立秋です。そこそこ暑いです。
きっと今日も、カメラの前で次のような恥ずかしい発言をしたorさせられた
無知なor可哀相なTVキャスターが、少なからずいたことでしょう。
#今日はちょっと忙しくて、今回は確認できなかったけど。

「今日は立秋。暦の上では秋ですが、この暑さ...。」

でも、これは、とんでもない誤りで、
立秋に暑いのは、実は当然のことなんです。
九州〜関東あたりに限ってのことかもしれませんが。

私がひとりで言っても、説得力が足りないので、
ちゃんとした出典から抜粋しておきます。
#句読点の表記や改行の位置などは変更しています。>は引用記号です。


>  二十四節気の言葉の中にはかなり意味のとりにくいもの(とくに現代の
>若い人にとって)もありますし、誤解されているものもありますので、
>以下かんたんに注釈をつけてみたいと思います。
>  立春は「春の気立つ」の意味です。「亢竜(こうりゅう)の悔(くい)」という
>言葉があります。竜は想像上の動物ですが、勢い鋭く天に昇るとされています。
>その竜が勢いにまかせて天に昇り、九天を貫いて最上の天に達したところ、
>そこはもう天の終わりで、もう昇るべき天がない。これから先は下るだけか、
>というのが亢竜の悔という言葉の起こりで、「のぼりつめた者は下がるだけ」、
>「欲望を100パーセント満足したものはもはや望みが先にないので待ち受けて
>いるのは失望・淋しさのみ」、「欲望は100パーセント満足させるものではない」
>などの意味をもっています。
>  ところで冬は寒いものですが、その冬の寒さもいつかは頂上に達するときが
>ありましょう。寒さが頂上になったのですから、翌日からは暖かさが
>じわりじわりとしのびこんできて、寒さがやわらぐことになります。この寒さの
>頂上の日が立春なのです。「陰の気きわまって陽の気きざす」、陽の気つまり
>春の気がしのびこみ始める日、それが立春、というわけです。
>  よく「立春だというのにこの寒さ、春はまだまだだ」などという言葉を聞くことが
>ありますが、これは立春の意味をとりちがえている人のいうことです。立春だから
>最高の寒さなのです。まちがえないようご注意ください。
>  なお立夏・立秋・立冬も同じような考えかたから生まれた言葉です。
>つまり立夏は春たけなわのころ、立秋は夏たけなわのころ、立冬は秋たけなわのころ、
>のことであって、まちがっても「立秋だのに、ちっとも涼しくない」などと
>いわないようにしてください。

     
  出典:「新版 天体観測ガイドブック (『天文年鑑』を100%活用するために)」
       鈴木敬信 著   誠文堂新光社 刊
       1976.5.15 第1版発行   1980.8.30 第5版発行
       (この本の、8頁〜9頁からの抜粋です)
     



ということです。
そこんとこよろしく。


実は、この抜粋は、2006年立春に書いた 「 立春、寒くて当たり前。 」 と同じもので、
両者は重複しています。

重複の理由は、
まず、 クラシック館 で、この文章の初版を書き(2004.8)、
その後、 「 立春、寒くて当たり前。 」 の初版を、
村瀬 泰一 どっとこむ」 (の、厳密には、別のフォルダ) で書き(2006.2)、
さらに後に、今のフォルダに両者を集約させた(2006.9)、
という沿革上の経緯によるものです。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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